駅伝ひろば箱根駅伝を支える学生たちが書いてます

No.336

第31回「遥か先まで」

後藤 遥希

 駅伝ひろばをご覧の皆様、こんにちは!関東学生陸上競技連盟で常任幹事を務めております、立教大学4年の後藤遥希と申します。学連幹事となって早4年、多くの大会の運営に携わってきましたが、いよいよ残す大会も箱根駅伝のみとなってしまいました。「なってしまった」という表現が自分自身の気持ちには一番近く、一瞬のように4年が経ったように感じています。関東学連の活動を中心とした4年間の生活は、大変なことも苦しかったこともありましたが、今はこの生活が終わりを迎えることへの寂しさも感じております。後悔の無いよう、残り数日間ですが精一杯取り組みたいと思います。

 さて、私の名前は「遥希」ですが、「遥か先まで希望がありますように」という両親の願いが込められた名前です。突然、自分の名前の由来を紹介した理由、それは、私の箱根駅伝への願いが、この由来「遥か先まで希望がありますように」だからです。

 箱根駅伝は、1920年に金栗四三氏を中心として第1回大会が開催されました。太平洋戦争によって中断された年はありましたが、第96回大会で100周年、そして今大会でついに100回を迎えました。100年という歴史は非常に長く、スポーツ大会で100回を超える大会は多くありません。

 戦争や震災、そして新型コロナウイルス感染症の流行など、多くの人々に悲しみをもたらした出来事があっても、箱根駅伝は途絶えずに続いてきました。それは、箱根駅伝に感動し、箱根駅伝を支えにした人々がいるからだと思います。私は箱根駅伝に青春時代の思い出をもらいました。箱根駅伝を通して多くの方と縁を持つことができました。そして何よりも、箱根駅伝に大きな感動をもらいました。私のように、多くの方が箱根駅伝に沢山の思い出や感動をもらった方は多いのではないでしょうか。これからも多くの方が感動できる大会であってほしい、多くの方に愛してもらえる大会であってほしい、何よりも希望に満ち溢れた大会であり続けてほしい。これが私の大きな願いです。

 箱根駅伝、そして関東学連の「たすき」は、頼もしい後輩たちが脈々と引き継いでくれると思います。学連幹事という立場で関わることができるのは、今回が最後にはなりますが、今後も私を成長させてくれた箱根駅伝に恩返しができるようになりたいです。

 当日はスタート・フィニッシュを担当する予定です。この100回大会は、たしかに歴史的な大きな記念ではありますが、区切りではありません。この100回大会に向けて、そして次の大会を見据えて、選手たちは練習を重ねていると思います。そんな選手たちが、練習の成果を発揮できるように、準備してまいります。

 ぜひ、希望を抱きながら箱根路を駆け抜ける選手たちへ、熱い応援をよろしくお願いいたします!