駅伝ひろば箱根駅伝を支える学生たちが書いてます

No.238

第8回「きっかけの学連日記」

山本 華

 駅伝ひろばをご覧の皆様、はじめまして。関東学生陸上競技連盟で常任幹事を務めております、日本女子体育大学2年の山本華と申します。学連幹事として初めての箱根駅伝を終えてからトラックシーズンがあっという間に終わり、時の流れの早さを感じている次第です。

 私は、中学1年生から高校3年生までの6年間、走幅跳の選手として陸上競技に携わってきました。目標の晴れ舞台のために日々努力を重ね、辛い練習も仲間と励まし合いながら乗り越えてきました。しかし、高校では自分の思い描いていたような結果は残せず、陸上競技の難しさを実感しました。目標が達成できないままの引退となってしまったため一時は選手を続けるか悩んでいた時期もありましたが、インターハイなどの大きな舞台で活躍している選手たちを見ていると自分の実力では難しいと感じました。しかし、陸上競技から離れてしまうことが心残りであったため、選手とは違った形で携わりたいと考えるようになりました。そんなとき、調べていた箱根駅伝のページから偶然、この駅伝ひろばの学連日記を見つけました。大好きで憧れであった箱根駅伝や関東インカレが学生によって運営されていることを知り、衝撃を受けました。そこから関東学連について調べてみたり、実際に大会に行って学連幹事の皆さんを見ているうちに、気づけば強い憧れを抱いていました。そして、学生でしかできないことがしたい、選手を支える側の立場に立ってみたい、という気持ちで今の道を選択しました。そのような経緯を経て、今この駅伝ひろばを書かせていただけていることを大変嬉しく思います。

 私が学連幹事になってからの1年と3か月は、常に学びでいっぱいの毎日でした。始めは右も左も分からない状態からスタートし、ただ先輩方の凄さに圧倒される日々でした。そんなとき、私は1年生で10000m記録挑戦競技会の大会担当を経験させていただくことになりました。今までに使ったことのない敬語や、関係各所との打ち合わせ、電話やメール、文書作成など、ほとんどが初めての経験で、一つひとつの業務に時間がかかり非常に苦戦しました。大会当日だけでなく、準備期間ではこんなにも膨大な時間と労力がかかるのかと衝撃を受けたことを覚えています。ミスをしたり、迷惑をかけてしまったことも沢山ありましたが、先輩方や同期に支えていただきながら無事に大会を終えられたときは、達成感と感謝の気持ちでいっぱいでした。普通の学生ではできないこの貴重な経験は、一生忘れられない思い出です。まだまだ未熟な私ですが、これからもより良い大会にしていけるよう精一杯業務に励んでいきたいと思います。

 箱根駅伝当日は、鶴見中継所を担当する予定です。往路では各校のエースたちがスタートし、復路では繰り上げスタートで数々のドラマが生まれてきた中継所です。また、唯一住宅街の中でたすき渡しが行われる中継所であり、毎年多くの住民の方々にご協力いただきながら運営をしています。住民の方々、その他箱根駅伝を支えてくださっている全ての方々に感謝し、今後も多くの皆様に愛される大会にしていきたいと思っております。テレビやラジオでの応援とはなりますが、新春の箱根路を駆け抜ける選手たちに温かいご声援を、どうぞよろしくお願いいたします。